調和論

De Harmonia Corporis et Animae

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キャイバーラ・ヘンケン 著

帝都中央書庫 第七写本より復刻

著者近影 ── 東方より帰還せし頃

著者近影 ── 東方より帰還せし頃

本書を手に取りし者へ

余はキャイバーラ・ヘンケン。帝都神学院に籍を置く一介の神学者である。

本書は余が三十余年の歳月をかけて記した養生の書である。養生とは何か。病を癒すことではない。病に至らぬよう己の心身を日々整えることである。余がこの当たり前のことに気づくまでに、四十年の人生と東方への三年間の旅を要した。

神学院の同僚たちは嗤うであろう。「あの東方かぶれの変人がまた妙な書を書いた」と。構わぬ。余は彼らのために書いているのではない。いずれ湯に身を浸し、己の肉体の声に耳を傾けるであろうすべての人間のために、この書を残す。

読者よ。余の言葉を鵜呑みにする必要はない。ただ一度、湯に浸かり、深く息を吐いてみるがよい。余が三十年かけて書いたことの半分は、その一息で理解できるはずだ。

第一章四気質の理について

「人の身体は小なる宇宙なり。天に四季あるごとく、人に四気質あり」

余がまず述べねばならぬのは、人の心身を司る四つの気質のことである。すなわちおんれいかん湿しつ。この四つがつり合いを保つとき、人は健やかである。均衡が崩れた時に病は起こる。

四気質相関之図 ── 余の手による

四気質相関之図 ── 余の手による図式

温の気質が過ぎれば肉体は火のごとく燥ぎ、思考は焦燥に苛まれる。冷の気質が勝れば血の巡りは鈍り、四肢は重く沈む。乾が偏れば肌は裂け、関節は軋み、精神は硬く脆くなる。湿が溢れれば肉体は弛緩し、意思は朦朧として定まらぬ。

この理は古代の自然哲学にも見え、余の独創ではない。しかし先人たちはこれを思弁の域に留め置いた。余は違う。この四気質の均衡をいかにして実践的に回復しうるか、その具体の方法を三十年かけて探ったのだ。

結論を先に述べる。四気質のうち温と湿を同時に補う、もっとも理に適った行いがある。それが湯浴みである。

第二章余が東方に渡った理由

余の東方渡航路 ── 交易路に沿う

余の東方渡航路 ── 交易路に沿いたる行程

帝国暦三五九年の春、余は帝都を発った。携えたのは羊皮紙の束と測温の器具、および東方の言語を解する通詞一名のみ。行商人たちの証言から、東方には湯に浸かる文化が人々の日常に深く根を下ろしていると確信したのだ。

交易路を辿る旅は片道だけで四箇月を要した。だが、東方に足を踏み入れた時の衝撃は、その苦労を一瞬で忘れさせるに足るものであった。

彼の地では、山間の村落から都市に至るまで、湯に浸かる行為が日常の一部として定着していた。岩の割れ目から湧き出す天然の熱湯を石で囲い、老若男女が朝夕に身を清める。都の湯殿では湯上がりに茶を飲み語らい、社交の場として機能していた。

余が最も驚いたのは、彼の地の人々が湯浴みを単なる洗浄としてではなく「養生」──すなわち病を未然に防ぐ行為として位置づけていたことである。余はこの三年間で四十七箇所の湯治場を踏査し、泉質ごとの効能を己の肉体で検証した。山岳の硫黄泉、平野の炭酸泉、海辺の塩泉。すべてを記録し、この書にまとめた。

東方の湯治場にて記録を執る著者

東方ノ湯治場ニテ記録ヲ執ル余ノ姿

第三章湯浴みの理法

湯は肉体の垢を流すのみならず、精神の垢をも溶かす。筋が緩めば呼吸が深まり、呼吸が深まれば思考の緊張もおのずとほどけていく。

これは余が三年の東方滞在と三十年の研究の末に辿り着いた、もっとも核心的な結論である。湯浴みの効用は肉体の洗浄に留まらぬ。温かき湯は冷えた肉体に温の気を与え、湯の水気は乾いた肌と精神に湿の気を還す。一つの行為によって四気質のうち二つを同時に補えるのだ。これほど理に適った養生法を、余は他に知らぬ。

東方式石組ノ湯殿 ── 余の実見に基づく

東方式石組ノ湯殿 ── 余ノ実見ニ基ヅク記録図

養生五訓

さて、ここからは実践の話をしよう。余が東方で学び、己の肉体で検証し、三十年かけて確かめた養生の心得を五箇条にまとめる。

一、 湯の温度は体温よりやや高きをもって善しとす。熱きに過ぐれば温の気が暴走し、かえって気質の均衡を乱す。これは余が身をもって学んだことである。東方の或る山間の湯で余は熱湯に長く浸かりすぎ、三日間寝込んだ。
二、 長湯は厳に慎むべし。心地よさに溺れるまま湯に浸かり続ければ、湿の気が過剰となり、肉体は弛緩して立ち上がる気力を失う。適度の時を知ることこそ養生の要諦なり。余のごとく学者が長湯をすると、湯の中で思索に耽って時を忘れるので特に危うい。
三、 湯上がりには必ず水を飲むべし。湯によりて失われし体内の水気を補い、乾の偏りを防ぐためなり。東方の民は湯上がりに「茶」なる飲み物を服するが、水でも十分である。
四、 食後すぐの入浴は心の臓に障る。胃の腑に血が集まりたる折に全身を温むれば、心の臓は二つの務めを同時に果たさんとして疲弊す。食後は少なくとも半刻は待つがよい。
五、 湯より上がりたる後は、緩やかに身体を冷ますべし。急激なる冷えは温の気を一挙に奪い、かえって冷の偏りを招く。余は湯上がりに外の風に当たりすぎて風邪を引いたことが二度ある。愚かなことだ。

第四章泉質の分類と薬草の学

湯治に用いる薬草の図譜 ── 余の写生

湯治ニ用フル薬草図譜 ── 余ノ写生ニ基ヅク

余は四十七箇所の湯治場を踏査する中で、すべての湯が同じではないことを早くに悟った。泉質によって四気質への作用が異なるのだ。余はこれを大きく五つに分類した。

硫黄泉 ── 温の気をもっとも強く補う。鼻を衝く独特の臭気があるが、冷の偏りによる関節の痛み、肌の硬化に著しい効験がある。ただし長浸は禁忌とする。余は東方の硫黄泉で三日間の湯治を行い、十年来の膝の痛みが薄れたのを実体験した。
鉄 泉 ── 赤みがかった湯色が特徴で、血の巡りを促す。硫化水素を中和する性質があるため、匂いは穏やかである。冷と湿の偏りを正すに適す。
炭酸泉 ── 皮膚を穏やかに刺激し、温の気を緩やかに与える。心の臓の弱き者にも安心して勧められる泉質だ。
塩 泉 ── 湿の気をもっとも強く補う。肌の乾燥、呼吸の浅さに悩む者によい。海辺の漁村に多く、余は東方の海辺の塩泉で肌荒れが劇的に改善した経験を持つ。
単純泉 ── 刺激が少なく万人に適す。初めて湯治を試みる者、あるいは病後の回復期にある者には、余はまずこの泉を勧める。

なお、東方には「薬湯」と称して湯の中に薬草を投じる習慣がある。泉質と薬草の相乗により、四気質の調整をより精密に行うことが可能となる。余は上の図譜にその主たる薬草を写生した。

結語この書を閉じる前に

余がこの書を書き始めてから三十年が過ぎた。初稿はわずか数十葉の薄い冊子に過ぎなかったが、書き足し、削り、また書き足すうちに、当初の五倍もの分量となった。それでもなお足りぬと思う。人の身体は一人ひとり異なり、その数だけ養生の道がある。余が書けたのはその入口に過ぎぬ。

同僚たちは相変わらず余のことを「東方かぶれの変人」と呼ぶ。余が死んだ後もそう呼ぶであろう。構わぬ。百年も経てば、この書が正しかったか否かは、読んだ者の身体が証明してくれる。

最後に、この書を手に取りし者へ。

湯に身を沈め、深く息を吐き、
己の内なる四気質の声に耳を澄ませよ。

調和とは外より与えられるものにあらず。
みずからの肉体と精神に問い、応え、整える
──その絶えざる営みの中にこそ宿るものである。

帝国暦三九一年 晩秋 帝都にて
キャイバーラ・ヘンケン 記す

※ 本頁はフィクション作品のフレーバーテキストです。
神学者キャイバーラ・ヘンケンおよび著書『調和論』は架空の存在であり、
貝原益軒の『養生訓』(正徳三年・1713年刊)とは一切関係がございません。
……が、もし両者の間に何らかの類似を感じられたとすれば、
それは四百年の時を超えて通底する養生の知恵への敬意に他なりません。

── 小説「追放された王太子と公爵令嬢が冒険者になる話」第63話「調和論」より ──